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(6)“讃岐のために尽くした藤堂高虎の家臣”

満濃池
 
 藤堂高虎
(とうどうたかとら)は、豊臣秀吉に仕えた後徳川家康につき、その信任厚く外様大名にありながら側近として遇された武将で、伊勢国津藩の初代藩主となりました。この高虎の家臣である西島八兵衛は、遠州浜松の生まれの人で、京都二条城や大坂城の増修築工事にも従事しており、また香川の大恩人です。
 
 元和7年(1621年)、生駒藩四代藩主の高俊はまだ幼かったため、外祖父である高虎が高俊の後見人として生駒藩の内政に関与することになりました。そこで高虎は、腹心の西島八兵衛を生駒藩に出向させ、藩政を援けることを命じました。八兵衛26歳のときです。
 
 元和8年(1622年)、生駒藩の客臣として迎えられた八兵衛は、郡奉行として郷村のことを掌り、赴任早々、観音寺市柞田町の湿田を改良し農家を移住させたほか各地で新田開発を進めるなど、殖産と藩財政の確立に努めました。

 その後、津藩へ帰りますが、寛永2年(1625年)、八兵衛30歳のときに、讃岐大旱魃で再び生駒家へ派遣され、寛永16年(1639年)、八兵衛44歳のときまでの15年間讃岐に在住しました。この間、寛永6年(1629年)、老齢で病気がちとなった高虎は、自分の身近にと八兵衛を江戸へ呼び返しましたが、高俊の岳父で老中の土井利勝の強い要請で讃岐へ戻っています。翌寛永7年、高虎は死去しました。

 この15年間において、八兵衛は満濃池を3年の歳月を経て復旧したほか瀬丸池(三豊郡高瀬町二ノ宮)、岩瀬池(高瀬町麻)、一の谷池(観音寺市一の谷)、亀越池(満濃町長炭)、小田池(高松市川部町)、立満池(香川町)、三郎池(高松市三谷町)、神内池(同西植田町)、山大寺池(三木町氷上)など、今日県下に名だたる溜池の多くを手がけ、僅か数年にして実に90余りの大池の築造又は増築を行っています。

 とくに満濃池は、450年もの長い間、破堤のままで見捨てられ、当時、池敷には「池内村」という高百石余りの村落が生まれ、池として名残りを留めるものは何も残っていませんでした。この復興によって、その用水は、那珂、多度、鵜多三郡四十四か村、3万5,842石、当時の讃岐純石高の凡そ6分の1にも達する広大な水田を潤すことになりました。

 また、それまで石清尾山を巡り二筋となっていた香東川の川筋を、現在の河道に一本化したり、高松市の福岡、木太、春日、新田の干拓工事を行うなど、水利と新田の開発に尽くしました。これを数字で示すと、寛永17年(1640)の領内総石高は23万2,948石となっており、慶長6年の時の石高17万3,000と比較して、40年の間に5万9,000石という著しい増加を示しています。

 寛永18年(1641年)46歳のときには、幕命により再び讃岐を訪れています。幕府の生駒家取り潰しに伴う諸事決裁のため讃岐の事情に精通する者として、幕吏に随行したものです。八兵衛が讃岐の灌漑、新田開発事業に精魂を尽くしている時期に、一方で生駒藩内において内紛が進行していたのは歴史の皮肉といえるでしょう。

 その後、津藩に帰った八兵衛は、山畑新田や美濃波多新田の開墾、雲出井手の開築などを手がけています。慶安元年(1648)には藩の山城大和を管括する城和奉行となりその後、約30年にわたって城和の民生に力を注ぎました。八兵衛は85歳で死去し、上野市紺屋町の正崇寺に眠っています。その功績は、まことに大きく、香川県民として一日も忘れることのできない一大恩人です。

 栗林公園内には、「大禹謨(だいうぼう)」と刻まれた碑石が置かれています。これは八兵衛が香東川の大改修を行った際自ら書いて鎮斎したものと思われ、その後洪水に流され不明だったものを大正元年に大野中津の住民が川(かわ)浚い(さらい)の折に拾い上げて川岸に安置し、その後栗林公園内に移されたものです。「大禹謨」とは、書経の語に出、中国の大聖禹王の遠大なはかりごとにあやかろうとした八兵衛の精神を表したものと考えられています。この碑石の横には八兵衛の顕彰碑が建っています。

○訪ねてみたいところ
満濃池
栗林公園にある大禹謨の碑石・西島八兵衛顕彰碑
香川県歴史博物館
高松市歴史資料館
西島八兵衛居住地跡(四番丁小学校)


付近の地図


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