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(29)“三度目の正直でやっとできた全国最後で最小の県”

 香川県の古い国名は、“さぬきうどん”の“讃岐”です。この呼び名は、「古事記伝」によると、飯依比古(いいよりひこ)の国を賜った手置帆負命(たおきほおいのみこと)が矛竿(ほこさお)をつくり貢ぎ物としたので、「竿調国(さおつきのくに)」といい、それがちぢまって「さぬき」になったといいます。また、東西に細長く、南北に短い地形から 「狭貫(さぬき)」と書いたともいわれています。

 明治2年6月の版籍奉還により、高松藩知事には松平頼聰(よりとし)、丸亀藩知事には京極朗徹(あきゆき)、多度津藩知事には京極高典(たかまさ)がそれぞれ就任しました。しかし、多度津藩は同4年(1871年)2月に倉敷県に併合され、続いて同年4月10日丸亀県が置かれ、さらに同年7月14日の廃藩置県により高松藩が廃止されて高松県が置かれました。そして、同年11月15日、高松県と丸亀県および倉敷県に併合されていた旧多度津藩領を合わせて、香川県が誕生しました。「讃岐」が一つの統治地域になったのは、生駒藩以来約360年ぶりのことです。

 「香川」という県名は、このとき初めて用いられ、その由来は、香東川からきているといわれています。江戸時代に書かれた南海通記によれば、「この川の上流、樺川(かばかわ)に香木あり、水清く、西風に匂いきてこの河水に、薫ずる故に、香川と云う」とあります。高松市の南、徳島県に向かう途中の香川郡塩江町安原上東に「樺川」というところがあります。ここから流れるのが、今の「香東川」です。

 しかし、香川県が始めて誕生してから1年3ヵ月後の明治6年2月、政府の府県広域化政策により、香川県は名東県(みょうどうけん、現在の徳島県と淡路島)に併合されます。県庁は徳島に置かれ、旧香川県庁は高松出張所と改称されます。

 ところがこの第一次香川県は、県会が開かれると、吉野川治水費をめぐり、租税負担金が多いにもかかわらず讃岐の受ける恩恵は少ないと、讃岐側議員が猛烈に反対し、3日間の激論でも解決しませんでした。このようなことで、政府は讃岐住民の抵抗を無視できず、2年7ヵ月後の明治8年9月、再び香川県の設置を認めました。

 しかし、この第二次香川県も1年と続きませんでした。政府は3度目の府県統合を実施し、明治9年8月に讃岐国はまたもや愛媛県に編入されたのです。四国では名東県(徳島県)も高知県に併合されています。讃岐を合わせた愛媛県庁は松山に置かれ、高松はその支庁(後に出張所)となります。以来12年余り、讃岐では愛媛県時代が続くことになります。

 中央では、これに先立つ明治7年(1874年)、板垣退助らによって民撰議院設立建白書が提出され、議会開設を求める自由民権運動が活発になっていました。讃岐でも、同8年、高松の豪商達によって民権思想や新しい文明を移入する目的で設立された新聞雑誌の展覧所博文社(舎)(はくぶんしゃ)が設立され、その後、純民社高松立志社丸亀立志社翼賛社興民社などの民権結社が設立されています。

 明治15年(1882年)、高松立志社の人々が中心となって「讃豫分離ノ檄文」(さんよぶんりのげきぶん)が発せられ、愛媛からの分県独立運動は民権運動と深くかかわって展開します。同21年、高松の改進党系グループらの熱心な活動により、政府もようやくこれをとりあげ、同年11月6日「香川県設置之件」が閣議にはかられ、同年12月3日付で、第三次香川県設置の勅令が公布されました。全国で最後の置県でした。当時の香川県の人口は、665,036人でした。念願のかなった讃岐の人ことに高松市民は「有頂天なり、殆んど商売も手に就かざる有様」で、花火を打ち上げて香川県の成立を祝賀したといいます。

 香川県は全国の47都道府県の中で最も県土面積の小さい県です。人口も平成17年度現在1,019,718人、47都道府県中第40位です。しかし、人口密度は高く、京都府に次いで47都道府県中第11位です。

○訪れてみたいところ
飯野山(いいのやま)・飯神社(いいじんじゃ)
 飯野山の西麓には古事記に記された飯依比古を祭神とする飯神社があります。この神社は讃岐延喜式内社の一つです。歴代讃岐国司の尊崇を受け、境内の菅原社(すがわらしゃ)には菅原道真の自作と伝える木像が祀られています。
塩江温泉
 行基が開いたといわれる香東川の上流にある温泉で、樺川の地名が残っています。
香川県庁舎
 愛媛県から分離独立した県庁は高松五番丁の浄願寺(現中央公園)に仮庁舎が置かれましたが、明治27年(1894年)内町(現四国電力)に木造2階建のモダンな新庁舎が完成しました。しかし、昭和20年(1945年)に戦災で焼失しました。 戦後、現在の位置に移転し、3階建鉄筋コンクリート造りの庁舎が建てられ、昭和33年には丹下健三氏の設計による地上8階建の県庁舎も建てられました。さらに平成12年3月には、その西側に丹下健三氏の設計による地上21階、地下2階、塔屋4階の新しい庁舎が建てられました。この庁舎では映画「県庁の星」のロケが行われました。
香川県議会棟
 2階フロアには、讃岐古地図の大壁画があります。
県歴史博物館
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