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詫間の街・荘内半島・粟島・志々島

 この地域は、三豊市詫間町の範囲です。中でも荘内半島は、浦島太郎伝説で知られる半島です。最高峰の紫雲出山からは瀬戸内海を360度展望できます。周囲には三豊市の粟島や蔦島などがあります。
(関連記事)“紫の雲が出る山があり浦島太郎伝説が残る半島

【三豊市詫間町詫間】

●善性院  MAP
 この寺は、「四国讃州七福神」の一つで「大黒天」だとされています。創建は平安初期にまで遡ると言われています。

●王屋敷跡  MAP
 三豊市詫間町の田井に宗良親王の居住地という王屋敷跡に、明和9年(1772年)に建立された石碑が立っています。昭和10年に建てられた宗良神社もあります。
太平記は、この配所について次のように記しています。
 「海辺近きところなれば、毒霧御身を侵し、嶂海の気すさまじく、漁歌牧笛の夕べの声、嶺雲海月の秋の色、すべて耳にふれ眼に遮ることあはれを催し、御涙をそふる媒ならずと云ふことなし。」
(関連記事)“讃岐にもある後醍醐天皇の息子の足跡と新田義貞一族の物語
●宝林寺  MAP
 弘仁年間、天台宗座主義真和尚の創建といわれており、この地区の領主であった詫間氏の菩提寺でしたが、兵火で大半を焼失しました。

【三豊市詫間町香田】

●詫間海軍航空隊跡  MAP
・「史跡・詫間海軍航空隊跡 神風特別攻撃隊出撃の地」の碑  現在の国立詫間電波高専前に自然石を立てた石碑があります。ここに詫間海軍航空隊が存在したことを示すものです。この石碑には「神風特別攻撃隊出撃の地」と刻まれています。
・二式会の碑
・海軍少年飛行兵香川県雄飛会の碑
・水上機スリップ(すべり)跡  香田地区には、大東亜戦争中、詫間海軍航空隊が使用していた水上機用の滑走路の一部が今も残っています。スリップ(すべり)と呼ばれるこの斜面を滑って、水上機や飛行艇が陸上の格納庫から、海面に下ろされ、飛び立っていました。戦時中は大小4本ありました。スリップ跡は、1基の改変がひどいものの、そのうち3本が当時の姿を残しています。また、このスリップは平成18年度の選奨土木遺産に選ばれています。
 この基地で実践訓練し、発進出撃していったのはすべて水上機で、下駄履きとも言われる飛行艇でした。中でも詫間航空隊の主力となったのは二式大艇と言われるものでした。終戦後、二式大艇に注目した米国は本国に運び、各種の調査を行ってその高性能に驚嘆したといわれています。解隊後残っていた二式大艇の一機が、現在東京品川の舟の科学館に保存・展示されています。
・防空壕跡
(関連記事)“香川からも出撃していた神風特攻隊
●三四郎岩  MAP
 天正11年(1583)から始まった豊臣秀吉の大阪城築城に際し、詫間でも大がかりな採石が行われ、香田浦、粟島の福部箱浦海岸などに、その形跡が残っています。そのとき、豊後から来た石工の三四郎という者が巨石運搬中誤ってその下敷きになり亡くなりました。村人はこの石を三四郎岩と呼び、かたわらに祠を建ててその霊を祀りました。

【三豊市詫間町大浜】

●船越八幡神社  MAP
 大浜小学校の前にあり、応神天皇・仲哀天皇・神功皇后を祀る。かつての郷社で旧荘内村の総産土社でした。拝殿・絵馬堂には多くの絵馬があり、とりわけ加藤清正の絵馬は全国的にも少ない逸品とされています。
 荘内半島の先の部分はかつて「浦島」という島だったところで、陸繋島が発達して現在のような半島となったものです。半島の中ほどにある船越と大浜を結ぶ辺りはかつて海だったところで、船越という地名は島であったときの運河状態の海に船が通っていた名残だといわれています。

●荘内浦島郵便局  MAP
 浦島太郎の絵のスタンプを押してもらえます。

●荒魂神社  MAP
 3月12日から17日の間の日曜日、「大浜ももて祭」が催されます。

●鴨ノ越  MAP
 丸山島・浦島神社  MAP
 太郎が亀を助けた所です。この海岸の向こう岸に丸山島があり、浦島神社が祀られています。干潮時になると丸山島は地続きになり、歩いて渡れます。鴨ノ越からの夕日は絶景です。

●紫雲出山  MAP
 荘内半島で最も高い山で、標高352.3メートルです。
・竜王社  山上に太郎の霊を祀る竜王社があります。旧3月15日に例祭があり、積の人たちによるお弁当の接待があるそうです。
・上天(昇天) 紫雲出山の中腹にあり、太郎が昇天したという地といわれています。
・紫雲出山遺跡  この山は今から約2,000年前、弥生中期の山上集落生活地だった所です。キビ、石包丁、ヤジリ、クルミ割のクボミ石、「堀リッチ」など多数の石器、無数の弥生式土器破片、など多数の出土品がみられます。

【三豊市詫間町積】

●積・金輪の鼻
 太郎か竜宮から帰り着いた地が積で、乙姫が腕の金輪を落とした所が金輪の鼻です。
●積の雌雄クロガネモチ

【三豊市詫間町箱】

●浦島太郎親子の墓・諸大龍王の墓碑
 箱はかって明神の里といわれた所で、太郎が玉手箱を開けたといわれる所です。太郎親子の墓といわれる五輪の塔3基があり、その近くには弘化4年に建てられた「諸大龍王」と刻まれた墓碑があります。
●竜王社
 箱浦小学校の上の大空(おおぞら)(八昭園)には亀の霊を祀る竜王社があります。竜王社では毎年、亀の命日とされる旧6月13日に、箱の各戸から薪木を持ち寄り、焚火を囲んで竜宮踊りをして亀の霊を慰めていたそうです。この踊りは箱の盆踊りとなり、8月14日の晩、その年に亡くなった人の盆灯籠を持ち寄ってその霊を慰める新霊踊り(あられ踊り)となって今に残っています。
●どん亀石
 浦崎のどん亀石は現在の箱浦にあります。満潮時になると、どん亀石はほとんど見えなくなります。
●糸之越(いとのこし)  MAP
 太郎が毎日釣糸を持って箱から不老の浜へ通った所です。ここには太郎が休んだという腰掛石があります。
●不老の浜(ふろま)  MAP
 かつて室浜(むろのはま)と呼ばれていたところで、太郎が竜宮から帰って若さを失わずに釣りをしていた所です。

【三豊市詫間町生里】

●三崎神社  MAP
 地元の人から「おみさきさん」と呼ばれています。祭神は大己貴命です。社伝によると、讃留王がこの地に至った時、上津水童命、中津水童命、底津水童命と名乗る三人の神が現れ、ここで海上を守る、と言って消えました。そこで王はここに祠を祀りました。これがこの神社の起こりだということです。以後菅原道真や藤原純之、小野好古などの歴史的人物からも崇敬されたといいます。菅原道真公が讃岐の国司の時、参拝した折の歌が残っているそうです。
 藤原純友の弟純之は、京からの帰途、船の航行安全を祈願して、この神社に鎧を奉納したと伝えられています。また、小野好古も、追捕使として兵船200隻を率いて伊予に向かう途中、この神社に太刀・冑を奉納して戦勝を祈願したといわれています。
 瀬戸内海を通る参勤交代の大名も三崎神社の沖に来ると、船の帆を下ろして通っていたといいます。
(関連記事)“讃岐の国司を務めた菅原道真”  “讃岐も戦場になった藤原純友の乱
●ドンドロ石
 三崎神社の参道にあります。昔、ドンドロさんが誤って天から落ちてきたときに、この岩の上をあわてて這い上がった跡があるといいます。ドンドロとは、讃岐方言で雷のことです。
●関の浦
 三崎神社入り口の所にある入り江です。昔は重要な入り江でした。明治から昭和初期にかけては、漁船の水の補給や潮待ちの待機所となり、盛漁期には酒や食料、日用品を販売する店も開かれていたといいます。
●三崎灯台
●御幸石(おこのいし)
 半島の先端から約200m沖合にある海面から突き出た岩です。
●よみの穴
 生里から仁老浜に行くところにクビッチョという小峠があります。この下の浜辺に「よみの穴」という洞穴があります。昔は人を葬っていたとか、「よめ」という盗賊が住んでいたとかいわれています。
●仁老浜(にろうはま)  MAP
 かつて小浜といい、太郎の母の出身地で、白髪の老翁となった太郎が余生を送った地です。仁義深い老人の浜という意味です。
●生里  MAP
 旧名を三崎といい、太郎の両親が住んだ新家のあった地で、太郎が誕生したといわれる地です。ここの三宝荒神では、旧2月1日の近い日曜日に「生里百々手(ももて)祭」が催されます。

【三豊市詫間町粟島】

 この島は3つの島が1つの陸繋島となったもので、スクリューのような形をしています。江戸時代、瀬戸内と日本海の港、さらに蝦夷地を結んだ北前船でにぎわい、島には多くの商人を兼ねた船主がいました。
●亀戎社(かめえびす)
 太郎を乗せた亀の死骸を葬ったところに建てた社といわれています。
●姫路  MAP
 太郎を送り届けた後、潮流の関係で乙姫が一時立ち寄った地といわれています。
●粟島神社  MAP
 ここでは、3月の第1日曜日に「粟島ももて祭」が催されます。
●粟島海洋記念公園  MAP
 粟島海員学校は、明治30年に日本初の地方商船学校として設立され、後に国立となり、以来90年間にわたり数多くの船員を育ててきました。旧粟島海員学校校舎は、昭和62年に廃校になってから海洋記念館として整備・保存されています。
●伊勢神宮の船絵馬
 粟島の伊勢神宮は廻船問屋として栄えた伊勢屋の氏神で、13面の船絵馬が奉納されています(うち2面は瀬戸内海歴史民俗資料舘保管)。これらの絵馬は、伊勢屋庄八奉納の外、奥州福山城下伊達千船船頭源歳、奥州箱館松浦嘉七手船船頭久右衛門など遠方の船頭からの奉納ですが、そのうちの3面に廻船の掲げる幟に「堺糸荷船」「御用」の字がみえます。これはオランダから長崎に輸入した絹織物等を江戸へ運ぶ幕府の仕事をしていることを示すもので、この廻船は糸荷船とよばれました。糸荷船の絵馬はこの外に長崎県に1面あるだけといわれる貴重なものです。昭和53年12月26日、県指定有形民俗文化財に指定されました。

【三豊市詫間町志々島】

 この島には、樹齢1200年以上、根元の周囲12.2m、高さ約40mの大楠があります。「男はつらいよ」、「機関車先生」の映画ロケが行われました。
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