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物語編-目次

  
【先史時代】

●約1530~約1200万年前―高松クレーターできる―“高松の地下にある謎の巨大クレーター
●約1400~1100万年前―“七つも富士のある讃岐平野”(県下)
●約1万年前~200万年前の旧石器時代―“瀬戸内の分水嶺だった瀬戸大橋架橋の島々”(塩飽)
●約1万年前~200万年前の旧石器時代―“太古の時代に石器として使われていた讃岐の名前がついた石”(坂出)

【神話時代・古墳時代(3世紀中葉~6世紀末葉)】

●神話時代―“山幸彦と豊玉姫のロマンスがのこる島”(豊島・男木島・女木島)
●第7代考霊天皇の代(2世紀末葉?)― “竹取物語に秘められた古代讃岐国成り立ちの謎”(高松)
●第7代考霊天皇の代(2世紀末葉?)―“讃岐に残る桃太郎と姉の物語”(高松)
●魏の使者倭国に来る(3世紀中葉?)―“瀬戸内の古代の風景が残る信仰の山”(琴平)
●第12代景行天皇の代(4世紀初葉?)―“讃岐に残る日本武尊の弟と息子の物語”(坂出・牟礼)
●第12代景行天皇の代(4世紀初葉?)―“走水の海で日本武尊の身代わりになった讃岐女”(善通寺)
●第12代景行天皇の代(4世紀初葉?)―“讃岐に残る日本武尊の白鳥伝説”(白鳥)
●第14代仲哀天皇の時代(4世紀後半頃?)―“讃岐に残る神功皇后伝説”(多度津・小豆島)
●第15代応神天皇の代(4世紀末葉?)―“小豆島を遊幸した応神天皇”(小豆島)

【飛鳥時代(6世紀末~710年)】

●667年(天智天皇6年)―屋島城築造―“朝鮮・中国からの侵攻に備えて築かれた城”(高松・坂出)
●681年(天武天皇9年)頃?―志度の玉取り海女の物語―“中臣鎌足の息子と孫の物語が残る志度”(志度)
●694年(持統8年)―藤原京造営― “藤原京の瓦を焼いた日本最大級の瓦窯”(三野)
●701年~704年(大宝年間)―満濃池築造―“今昔物語にも出ている日本最大のため池”(満濃)
●700年(文武天皇4年)~710年(和銅3年)頃?―柿本人麻呂来讃―“讃岐に来て歌を詠んだ万葉歌人柿本人麻呂”(坂出)

【奈良時代(710年~794年)】

●729年(天平元年)―行基、香西寺を建立―“讃岐にも残る行基にまつわる伝承”(県下)
●754年(天平勝宝6年)―鑑真、千間堂建立―“唐招提寺開祖の鑑真が開いた屋島寺”(高松)
●756年(天平勝宝8年)頃―讃岐国分寺完成――“全国で3箇所しか指定されていない特別史跡国分寺跡
●774年(宝亀5年)―空海生まれる―“少年空海が身を投げた山”(善通寺)

【平安時代(794年~1192年)】

●806年(大同元年)―空海帰朝―“シルクロードと繋がるという「さぬきうどん」”(善通寺)
●807年(延暦23年)―善通寺創建―“高野山、東寺と並ぶ弘法大師三大霊場の一つ善通寺”(善通寺)
●835年(承和2年)―空海没―“大師二十二人のうち五人までが讃岐岐出身”(善通寺)
●866年(貞観8年)―応天門の変――)“応天門の変に連座した讃岐の恩人””(坂出)
●886年(仁和2年)―菅原道真讃岐国守となる―“讃岐の国司を務めた菅原道真”(綾南・坂出)
●940年(天慶3年)―藤原純友、讃岐国府を焼く―“讃岐も戦場になった藤原純友の乱”(坂出)
●940年(天慶3年)―藤原純友、讃岐国府を焼く―“真田幸村の先祖は讃岐人”(坂出)
●1005年(覚弘2年)―安部晴明没―“陰陽師安部晴明は讃岐生まれ”(香南)
●1025年(万寿2年)頃―清少納言没―“讃岐に残る清少納言の哀れな物語”(琴平・白鳥)
●1162年(応保2年)―重仁親王没―“讃岐で密かに亡くなった悲運の皇子
●1163年(長覚元年)―崇徳上皇崩御―“保元の乱に敗れて怨霊となった崇徳上皇”(坂出)
●1167年(仁安2年)―西行来讃―“崇徳上皇を偲び来讃した西行法師”(坂出)
●1174年(承安4年)―大輪田泊修築竣工―“神戸と讃岐を結ぶ平清盛にまつわる伝承”(高松)
●1183年(寿永2年)―平氏屋島に拠る―“建礼門院と安徳天皇が滞在した牟礼・屋島”(高松)
●1185年(元暦2年)―源平屋島合戦―“二つある源平ダンノウラの戦い”(高松)
●1185年(元暦2年)―源平屋島合戦―“讃岐に残る平家落人伝説”(大野原・琴南・三木)
●1191年(建久2年)―頓証寺建立―“後白河法皇が建て、源頼朝が奉納したといわれる寺”(坂出)

【鎌倉時代(1192年~1333年)】

●1207年(承元元年)―法然来讃―“讃岐に逗留した法然上人”(塩飽・丸亀・満濃・仲南・高松)
●1211年(建暦元年)?―静御前没―“源義経を偲び讃岐で亡くなった静御前”(三木・長尾)
●1219年(承久元年)―神谷神社再建―“空海の叔父が創建したわが国最古の三間社流造り神社”(坂出)
●1221年(承久3年)―承久の乱―“承久の乱で明暗を分けた讃岐藤家
●1256年(康元元年) ―北条時頼出家―“讃岐にも残る北条時頼の廻国伝承”(小豆島)
●1289年(正応2年)―日華来讃―“元寇の頃、甲斐国から讃岐に来た武士が建てた寺”(高瀬)
●1332年(元弘2年)―宗良親王讃岐配流―“讃岐にもある後醍醐天皇の息子の足跡と新田義貞一族の物語”(詫間)

【建武の中興・室町時代(1333年~1573年)】

●1335年(建武2年)―細川定禅、讃岐で挙兵―“建武の動乱と秀吉の四国進攻で二度も落ちた城”(高松)
●1347年(貞和3年)―細川師氏、星ヶ城攻略―“小豆島に残る南北朝時代の恋物語”(小豆島)
●1362年(貞治元年)―白峯合戦―“乃木希典大将の先祖が討死した南北朝の合戦”(坂出)
●1367年(貞治6年)―細川頼之、足利義満の後見人となる―“室町将軍足利義満の宰相となった讃岐守護”(宇多津)
●1389年(康応元年)―足利義満厳島神社参詣―“紫の雲が出る山があり浦島太郎伝説が残る半島”(詫間)
●1391年(明徳2年/元中7年)―細川頼元幕府管領となる―“細川京兆家のお膝元だった讃岐”(宇多津)
●1467年(応仁元年)―応仁の乱勃発―“応仁の乱で活躍した讃岐武士”(県下)
●1507年(永正4年)―永正の錯乱―“室町幕府管領細川政元を暗殺した讃岐武士”(高松)
●1549年(天文18年)―江口の戦い―“江戸時代初めに流行したパンクヘアのルーツは鬼十河”(高松)
●1554年(天文23年)―山崎宗鑑没―“俳諧の祖・山崎宗鑑が隠棲した観音寺”(観音寺)
●1568年(永禄11年)―織田信長入洛により三好政権瓦解―“織田信長に滅ぼされた武将の子孫が住むイリコの島”(伊吹島)
●1570年(元亀元年)―石山合戦始まる―“大坂石山本願寺に兵糧を送った讃岐の寺

【安土桃山時代(1573年~1603年)】

●1573年(元亀4年)―象頭山松尾寺に金毘羅堂を建立し本尊安置―“こんぴらさんはガンジス川のワニ”(琴平)
●1577年(天正5年)―織田信長、堺への塩飽船の航行を保障―“信長・秀吉・家康の朱印状が残る島”(塩飽)
●1578年(天正6年)―長宗我部元親、讃岐への侵攻を開始―“長宗我部元親が四国制覇の野望をいだいた山”(大野原)
●1579年(天正7年)―仁尾城落城―“三月三日に雛祭りをしない町”(仁尾)
●1582年(天正10年)―天目山の戦い―“讃岐に残る甲斐武田氏にまつわる物語”(高松)
●1583年(天正11年)―引田の戦い―“賤ヶ岳の合戦があった同じ日に讃岐であった合戦”(引田)
●1585年(天正13年)―秀吉軍により高松城落城―“建武の動乱と秀吉の四国進攻で二度も落ちた城”(高松)
●1586年(天正14年)―戸次川の戦い―“九州で島津軍と戦った讃岐武士”(県下)
●1586年(天正14年)―小豆島にキリスト教が渡来―“隠れキリシタンがいた小豆島”(小豆島)
●1588年(天正16年)―生駒親正、高松城の築城に着手―“黒田官兵衛が設計したともいわれる水城”(高松)
●1601年(慶長6年)―関ヶ原の戦い―“関ヶ原で親子が別れて戦った生駒家”(高松)

【江戸時代(1603年~1868年)】

【初代家康・2代秀忠・3代家光の時代(1603年~1651年)】

●1622年(元和8年)―西嶋八兵衛来讃―“讃岐のために尽くした藤堂高虎の家臣”(高松)
●1631年(寛永8年)頃―香東川の治水工事―“桂離宮との類似性も指摘されている栗林公園創始の謎”(高松)
●1637年(寛永14年)―生駒騒動起こる―“海音寺潮五郎も書いた生駒騒動”(高松)
●1637年(寛永14年)―島原の乱勃発―“島原の乱と小豆島そうめん”(小豆島)
●1642年(寛永19年)―田宮坊太郎の仇討ち?―“歌舞伎や映画にもなった讃岐を舞台にした仇討ち物語”(丸亀)
●1642年(寛永19年)―松平頼重、高松入封―“讃岐高松二代目藩主は水戸黄門の息子”(高松)
●1644年(正保元年)―高松城下に上水道敷設―“江戸の玉川上水より早く整備された高松城下の上水道”(高松)
●1647年(正保4年)―紀太理兵衛、栗林荘の北に窯を築く―“京焼と讃岐との深い縁”(高松・丸亀)

【4代家綱・5代綱吉・6代家宣・7代家継の時代(1651年~1716年)】

●1658年(万治元年)―京極高和、丸亀入封―“丸亀の殿様は婆娑羅大名佐々木道譽の子孫”(丸亀)
●1658年(万治元年)―京極高和、丸亀入封―“姫路の中にあった讃岐”(丸亀)
●1660年(万治3年)―丸亀城天守閣完成―“扇の勾配をした日本一の高さの石垣のある丸亀城”(丸亀)
●1660年(万治3年)―京極伊知子没・井上通女生誕―“文人、剣士、勤王家もいた丸亀の女性“(丸亀)
●1666年(寛文6年)―千宗守、高松松平藩の茶堂頭となる―“茶道・千家と讃岐との深い縁”(高松)
●1672年(寛文12年)―河村瑞賢、西廻り航路を拓く―“大坂の鴻池も舌をまいた塩飽の豪商”(塩飽)
●1672年(寛文12年)―河村瑞賢、西廻り航路を拓く―“北海道から来た草”(高松・坂出)
●1688年(元禄元年)―京極高豊、中津別館を建てる―“瀬戸内の浜辺にある近江八景”(丸亀)
●1688年(元禄元年)―柳沢吉保、側用人となる―“柳沢吉保と讃岐高松藩との名刀をめぐる確執”(高松)
●1693年(元禄6年)―真念没―“最初は88ヶ所以上あった四国霊場”(県下)
●1694年(元禄7年)―丸亀藩、多度津支藩1万石を分封―“港町として栄えた城の無い街”(多度津)
●1705年(宝永2年)―尼崎里也仇討ち―“文人、剣士、勤王家もいた丸亀の女性“(丸亀)

【8代吉宗・9代家重・10代家治の時代(1716年~1786年)】

●1718年(享保3年)―第三代高松藩主松平頼豊の息子が水戸藩四代藩主を継ぐ―“小石川後楽園を大改造した高松藩主”(高松)
●1744年(延亨元年)―金手釣場の争いに幕府から裁可状が出る―“瀬戸内の漁場争いを裁いた大岡越前守らの名判決”(塩飽)
●1748年(寛延元年)―西讃大一揆勃発―“神様になった一揆のリーダー
●1761年(宝暦11年)―平賀源内高松藩に2度目の辞職願を提出―“高松藩を二度辞職した平賀源内”(志度・高松)
●1761年(宝暦11年)―平賀源内高松藩に2度目の辞職願を提出―“田沼時代と寛政の改革時代に活躍した二人の讃岐人”(志度・牟礼)
●1762年(宝暦12年)―合田求吾「紅毛医述」著す―“杉田玄白らの「解体新書」刊行より早く人体解剖図を著した讃岐人”(豊浜)
●1766年(明和3年)―与謝蕪村、来讃―“与謝蕪村、小林一茶も訪れた讃岐路”(琴平・丸亀)
●1776年(安永5年)―上田秋成、雨月物語を刊行―“妖怪と怨霊の話に満ちた瀬戸内海を望む五つの色をした山”(坂出・高松)
●1781年~1788年(天明年間)頃―中津藩からうちわ技術伝わる―“地場産業となった武士の内職”(丸亀)

【11代家斉・12代家慶の時代(1787年~1853年)】

●1788年(天明8年)―柴野栗山幕府の儒官として登用される―“松平定信のブレーンだった讃岐出身の儒学者”(牟礼)
●1788年(天明8年)―柴野栗山幕府の儒官として登用される―“田沼時代と寛政の改革時代に活躍した二人の讃岐人”(志度・牟礼)
●1789年(寛政元年)―向山周慶、砂糖製造に成功―“和三盆のふるさと讃岐”(引田)
●1792年(寛政4年)―小林一茶、来讃―“与謝蕪村、小林一茶も訪れた讃岐路”(琴平・観音寺)
●1809年(文化6年)―小豆島から大阪の問屋へ醤油を初めて販売―“瀬戸内海の中にある醤の郷”(小豆島)
●1807年(文化4年)―椿説弓張月刊行開始―“滝沢馬琴「椿説弓張月」の舞台となった八幡宮”(観音寺)
●1810年(文化7年)―金毘羅参詣膝栗毛出版―“やじさんも、きたさんも参詣した金毘羅”(琴平)
●1815年(文化12年)―讃岐東照宮造営―“東照宮も左甚五郎の墓もある高松”(高松)
●1826年(文政9年)―坂出塩田工事着手―“伊能忠敬より進んだ測量技術を持った江戸時代の先端科学技術者で塩田の父”(坂出・引田)
●1827年(文政10年)―研辰討たれる―“歌舞伎や映画にもなった讃岐を舞台にした仇討ち物語”(綾上)
●1829年(文政12年)―東大浜・西大浜塩田築造―“海を町に変えた塩づくり”(坂出)
●1829年(文政12年)―木村黙老、江戸屋敷詰になる―“滝沢馬琴の親友だった高松藩家老”(高松)
●1830~43年(天保年間)頃―丸亀城下で活発な綿取引―“綿の産地だったチョウサの町”(豊浜)
●1835年(天保6年)―金毘羅大芝居落成―“今も歌舞伎が公演されているわが国最古の芝居小屋”(琴平)
●1835年(天保6年)―大塩平八郎、多度津に来る―“讃岐を訪れていた大塩平八郎”(多度津)
●1838年(天保9年)―丸亀新堀堪甫に太助灯籠建立―“江戸町人塩原太助らが寄進した丸亀湊の灯籠”(丸亀)
●1839年(天保10年)―玉楮象谷、印籠を高松藩主に献上―“十七人のうち四人も人間国宝を輩出した讃岐漆器の技”(高松)
●1844年(弘化元年)―鳥居耀蔵失脚―“遠山の金さんと対立した妖怪が幽閉されていた丸亀”(丸亀)

【13代家定・14代家茂・15代慶喜の時代(1853年~1868年)】

●1853年(嘉永6年)―ペリー浦賀に来航――“井伊直弼と徳川斉昭との板挟みにあった高松藩主”(高松)
●1855年(安政2年)頃―寛永通宝砂絵掘られる?―“銭形平次でおななじみの寛永通宝の砂絵のある街”(観音寺)
●1856年(安政3年)―板東いろは小豆島肥土山に定住―“瀬戸内の島に伝わる歌舞伎と文楽
●1858年(安政5年)―安政の大獄はじまる―“吉田松陰と同じ獄につながれた讃岐の勤王親子”(高松)
●1858年(安政5年)―西郷隆盛月照と入水―“西郷隆盛と入水自殺した幕末の勤皇僧”(善通寺)
●1860年(万延元年)―咸臨丸浦賀出航―“幕末に勝海舟と咸臨丸で太平洋を渡った塩飽の水夫”(塩飽)
●1860年(万延元年)―森の石松金毘羅代参―“石松も犬も代参した金毘羅参詣”(琴平)
●1864年(元治元年)―池田屋騒動―“池田屋騒動で新撰組と白刃をまじえた讃岐の勤王志士”(丸亀)
●1864年(元治元年)―蛤御門の変―“蛤御門の変で戦死した若き讃岐の勤王志士”(高松・丸亀)
●1865年(慶応元年)―晋作が燕石を頼って来讃―“高杉晋作をかくまった侠客の勤皇志士”(琴平)
●1868年(慶応4年)―高松藩朝敵となる―“最後の高松藩主は最後の将軍徳川慶喜の従兄弟”(高松)
●1868年(慶応4年)―高松藩土佐官軍に恭順―“桂小五郎ら勤王志士と親交のあった高松藩主の兄”(高松)

【明治・大正時代(1868年~1926年)】

●1868年(慶応4年・明治元年)―神仏分離令―“金毘羅さんと白峯さんとの知られざる因縁”(坂出・琴平)
●1869年(明治2年)―函館戦争―“榎本武揚とともに函館五稜郭で戦った讃岐人”(塩飽)
●1870年(明治3年)―村岡箏子没―“文人、剣士、勤王家もいた丸亀の女性“(丸亀)
●1880年(明治13年)~1881年(明治14年)―高橋由一来讃―“日本最初の「洋画家」のコレクションがある金刀比羅宮”(琴平)
●1881年(明治14年)―若江薫子没―“文人、剣士、勤王家もいた丸亀の女性“(丸亀)
●1888年(明治21年)―愛媛県から讃岐を割き香川県を設置―“三度目の正直でやっとできた全国最後で最小の県”(県下)
●1889年(明治22年)―讃岐鉄道開通―“志賀直哉の「暗夜行路」に描かれた多度津の港と鉄道”(多度津)
●1889年(明治22年)―二宮忠八飛行原理を着想―“世界最初に固定翼型飛行原理を着想した地”(仲南)
●1894年(明治27年)―塩生産量全国第1位―“かつて「塩田王国」といわれた香川”(県下)
●1894年(明治27年)―四国新道開通―“草鞋を履いて阿讃の峠を越えた牛
●1898年(明治31年)―乃木中将第11師団長に就任―“善通寺の師団長を務めた乃木希典”(善通寺)
●1908年(明治41年)―小豆島でオリーブを試作―“日本の中にあるオリーブに囲まれたエーゲ海の風景”(小豆島)
●1913年(大正2年)―伏見桃山陵の造営に庵治石が使われる―“墓から現在アートにまで使われている花崗岩のダイヤモンド”(牟礼・庵治)
●1920年(大正9年)―高等小学読本に栗林公園は三公園に優れりと記載―“日本三大庭園より立派といわれる栗林公園”(高松)

【昭和以降(1926年~)】

●1928年(昭和3年)―野網和三郎、ハマチの餌付けに成功―“砂糖と醤油で栄え、我が国で初めてハマチ養殖に成功した町”(引田)
●1930年(昭和5年)―豊捻池完成―“ため池密度日本一の讃岐平野”(県下)
●1934年(昭和9年)―瀬戸内海国立公園指定―“欧米人が賛美したわが国初の国立公園”(県下)
●1935年(昭和10年)―菊池寛、芥川・直木賞創設―“その先祖が平賀源内を教えたという菊池寛”(高松)
●1943年(昭和18年)―詫間海軍航空隊開隊―“香川からも出撃していた神風特攻隊”(詫間)
●1945年(昭和20年)―高松空襲―“高松にとって忘れられない日”(高松)
●1952年(昭和27年)―壺井栄、「二十四の瞳」発表―“漂泊の俳人が終焉を迎え二十四の瞳が誕生した島
●1955年(昭和30年)―自由民主党結成―“自民党を創った高松生まれの政党政治家”(高松)
●1956年(昭和31年)―西鉄日本シリーズ制覇―“日本野球史上最大のライバル劇を演じた二人の讃岐男”(高松)
●1958年(昭和33年)―香川県庁舎完成―“日本モダニズム建築の到達点といわれる香川県庁舎”(高松)
●1974年(昭和49年)―香川用水の暫定通水式―“紀伊水道から瀬戸内海へ吉野川の水の流れを変えた用水”(県下)
●1988年(昭和63年)―瀬戸大橋開通―“バブル経済真っ只中のときに開通した瀬戸大橋
●1988年(昭和63年)―宇高連絡船廃止―“2億5千万人を運んだ宇高連絡船”(高松)
●2001年(平成13年)―新JR高松駅完成―“駅前広場の池に海水魚が泳ぐ頭端駅”(高松)
●2004年(平成16年)―地中美術館オープン―“アートとテクノロジーの島”(直島)

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