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(138)“シルクロードと繋がるという「さぬきうどん」”

 日本の各地には様々なうどんがあります。秋田の稲庭うどん、群馬の水沢うどん、埼玉の加須うどん、山梨のほうとう、名古屋のきしめん、三重の伊勢うどん、大阪のきつねうどん、福岡の丸天うどん、等々です。それらの中でも、香川県特産のものは“さぬきうどん”と呼ばれています。「さぬき」とは香川県の旧国名のことです。
 香川県人は概してうどん好きで、昔から、半夏(はんげ)、虫送り、冬至、祭りなどのハレの日や法事のときには、必ずうどんが振舞われてきました。食事が済んだ後でも、別腹といってさらにうどんを食べる人や、さらにはうどんをおかずにしてご飯を食べる人もいます。多度津では、まだろれつの回らない子供がうどん好きの人を、「たろつのかろのうろんやで うろんろっぱいくうてはらろぐろぐ」(多度津の角のうどん屋で、うどん六杯食うて腹ログログ)といってからかったそうです。また、宇高連絡船が就航していた当時は、多くの香川県人が、連絡船甲板のスタンドで供されるうどんに帰郷を実感したものです。平成18年(2006)8月には、香川県出身の本広克行監督により“さぬきうどん”を題材にした「UDON」という映画も製作されています。
 香川県に住む者にとって、うどんは日常的な食べ物となっており、香川県のうどん屋の数は、800軒から1100軒程度あるのではないかといわれています。香川県の総人口は約100万人程度ですから、人口当たりのうどん屋の数すなわち“うどん屋密度”は、全国一だといわれています。その多くは、セルフサービスの店で、自分の好みに合わせて、“かけ”、“かやく”、“わかめ”、“てんぷら”、“ざる”、“天ざる”、“釜揚げ”(かまあげ)、“釜天”、“湯だめ”、“ぶっかけ”、“しっぽく”、“釜玉”(かまたま)、“生醤油”(きじょうゆ)等々様々なうどんを食べることができます。また、“肉うどん”や“カレーうどん”もあります。

 “さぬきうどん”の特徴といえば、なんといっても麺の“コシ”でしょう。また“ダシ”とそれに上に載せる“具材”にも特徴があります。
 まず、麺の“コシ”ですが、これは、麺の硬さとは異なりコシコシとした歯ごたえ感があって喉越しがいいというような食感です。この“コシ”はうどん屋ごとに全く異なり、香川県人が“さぬきうどん”を評価する場合の最も重要なポイントです。人によれば、麺の食感だけを純粋に味わうために、うどんに醤油を少しかけただけで賞味することもあります。
 この“コシ”ができる秘密は、うどんの原料である小麦粉の中に6~15%含まれているタンパク質にあります。そのタンパク質の約85%は、ほぼ同量のグリアジンとグルテニンという成分からなっていますが、グリアジンは弾力性が低く伸縮性が高いのに対して、グルテニンは弾力性が高く伸縮性が低いというそれぞれ異なった性質を持っています。そして、小麦粉に水を加えて捏ねると、この異なる二つの性質のタンパク質が絡み合って弾力性と粘着性の両方の性質を適度に兼ね備えたグルテンという成分になり、これにデンプンが結びつくことによって麺体が作られます。
 グルテンは小麦に特有なタンパク質であり、パンのふくらみやラーメンの歯ごたえもグルテンの働きによるものです。そば粉や米粉が麺体になりにくいのは、小麦粉のようにグルテンを含まないからです。そして、グルテンは、原料となる小麦の種類や品質、加える水の量や捏ね方によって、粘着力が強かったり、弾力が強かったりするので、この複雑に絡み合うグルテンの違いによって、うどんの“コシ”の食感に差が生じてきます。こね、足踏み、打ちなど古くから伝わった麺の鍛え方により地域や店によって“コシ”に違いが出るというわけです。
 さらに、塩も麺作りにとって重要な要素です。小麦粉に塩が加えられることによって、グルテンが引き締められて粘弾性が増加し、また小麦粉の味と香りが引き立てられます。このため美味いうどん作りには、適度の食塩が不可欠で、小麦粉を溶く塩水の水と塩の割合が重要となります。この割合のことを、讃岐では、昔から、俗に「土三寒六(どさんかんろく)」と呼び、美味いうどん作りの秘訣とされてきました。これは、バケツ一杯の水を使って小麦粉を団子にする場合、暑いときにはまずそのバケツに3分の1の塩を入れ、寒いときにはそのバケツに6分の1の塩でよい、ということです。
 “コシ”があって美味しいのは、打ちたてを茹でて水で締めた直後だとされています。

 次の“ダシ”ですが、“さぬきうどん”では、かけ汁にイリコの出汁を使い、これを“ダシ”と呼んでいます。香川以外のところでは、鰹節と昆布の一番出汁を“うどんつゆ”として用いているところが多いようです。
 イリコは、煮干し(にぼし)イワシのことで、鰹節よりも濃厚な出汁を作ることができます。香川県観音寺市の10Km沖合いに浮かぶ伊吹島は、このイリコの産地として知られており、その品質、味は日本一であるといわれています。島の周囲に広がる燧灘(ひうちなだ)は、イリコの原料であるカタクチイワシの好漁場となっており、水深が浅く、海の流れも緩やかなため、ここでとれるイワシは骨や身がやわらかく、イリコにしたときに水が浸透しやすく、ダシの出がよいといわれています。また、伊吹島では、漁を行う網元が加工までを一貫して行っているので新鮮な状態で加工されており、イリコの品質が良いといわれています。

 三番目の“具材”ですが、香川では、よく麺の上に“具材”を載せて一緒に食べます。“具材”には、ちくわの天ぷら、海老の天ぷら、イカゲソ、タコの天ぷら、かき揚げ、甘辛く煮た油揚げや牛肉、天かす、じゃこ天など魚肉を使った練り物の天ぷら、生卵、半熟卵、コロッケなど様々なものが用いられ、セルフサービスの店では色々な具材を自分の好みに合わせて選ぶことができます。香川県人にとっては、うどんに様々な具材を載せて一緒に食べるということは常識ですが、県外人には珍しく映るようです。

 うどんの原料である小麦の原産地は、現在のカスピ海南岸地域、アフガニスタンからイラン、イラクにかけての地域だと考えられています。それが、西に伝わり「パン文化圏」、東に伝わって「麺文化圏」となりました。
 日本では、紀元前5~3世紀の縄文時代晩期ないし弥生時代の初期にかけて、既に小麦の栽培が始まったものと考えられています。8世紀には「小麦と大麦を植えるように」という詔勅が出ており、「古事記」にも、スサノヲノミコトに関連するエピソードの中に小麦が登場しています。しかし、この頃までは小麦は雑穀の一つに過ぎなかったものと思われます。
 うどんのルーツは、奈良時代に発達した“混沌(こんとん)”という小麦粉を丸めて煮た団子のようなもので、その原型は7~8世紀ごろ、飛鳥時代から奈良時代にかけて中国から伝えられたものと考えられています。それが日本人の口に合ったものにされていき、室町時代には“饂飩(うどん)”になります。その製法は、基本的に現在とほぼ同じだったようで、今日のうどんの元祖だと考えられています。しかし、この頃までのうどん類は、公家や武家が仏事の集会などにおいて、「点心」という今で言うおやつの一つとして食べられていたようです。うどんが現在のように庶民の食べ物として普及したのは江戸時代からのことです。江戸時代前期の元禄の頃には江戸、京、大坂、そして讃岐の琴平にもうどん屋が出現しています。

 ところで、香川には、うどんはお大師さん、すなわち空海が中国から持ち帰ったものだという言い伝えがあり、善通寺市には犬塚伝説という伝承も残っています。この伝承は次のような物語です。
 唐での留学を終えた空海は、日本に帰るとき、小麦の種を持ち帰ろうとしました。しかし、当時、小麦の国外持ち出しは禁止されていて、唐の役人が小麦の臭いを嗅ぎわけることのできる犬を使って、国外持ち出しをチェックしていました。今の麻薬犬のようなものでしょう。そこで空海は、足のふくらはぎのところを切って、その中に小麦の種を隠していました。検査のとき、犬は空海のところで吠えましたが、小麦を隠していることは発覚しませんでした。空海はその犬を不憫に思い日本に連れて帰りました。その犬が死んだときに葬られたところが、現在の善通寺国立病院近くにある犬塚だということです。
 空海は、奈良時代の末期宝亀5年(774)6月15日、現在の善通寺の地で誕生し、平安時代初頭の延暦23年(804)31歳のとき唐の長安(現在の西安)に留学し、大同元年(806)に帰朝しています。前述のように、小麦が日本に伝播したのはそれよりももっと早い時代で、うどんのルーツもすでに奈良時代にはあったようです。しかし、うどんは空海が中国から持ち帰ったという伝承は、全く根拠のない作り話だともいいきれないところがあるように思われます。

 空海が留学した当時、唐は広大な領土を有する世界国家であり、その都である長安には日本や新羅、吐蕃など周辺諸国からの使節・留学生が訪れていました。また、長安はシルクロードの東の窓口であったことから、西域から僧侶や商人たちなども訪れ、仏教のほか、イスラム教・マニ教・景教(ネストリウス派キリスト教)・ゾロアスター教などの寺院が建ち並ぶ国際色豊かな都市でした。ちなみに西遊記の三蔵法師のモデルとなった玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)がガンダーラから膨大な経典を長安に持ち帰ったのは、西暦645年といわれており、空海が長安に行く約160年前のことです。
 当然のことながら、西域の様々な文物もシルクロードを通じて盛んに長安に流れ込んできており、品種改良された小麦の種子や小麦を原料とする麺の様々な製法もその中に含まれていたと思われます。現在でも西安の人たちは小麦を主食としており、それを様々な麺にして食していますが、空海が留学していた当時も、長安では色々な麺を食べられており、空海も麺を食べたと想像されます。

 空海をはじめ中国に留学した僧は、仏教以外にも様々なものをわが国に持ち帰りましたが、その中に品種改良された小麦の種子やそれを原料とする麺の製法もあったのではないかと考えられます。僧は肉食を禁じられていたことから、小麦は貴重な植物性タンパク質の補給源として僧侶たちの間で食されていたのではないでしょうか。
 小麦と米のタンパク質含有量を比較すると、日本の玄米が平均6.8パーセントといわれているのに対して、小麦は6~15%含まれています。また、タンパク質は水の吸収を阻害することから、ご飯を炊くときにデンプンの膨潤を抑えてしまう働きがあり、同じ品質の米でもタンパク質の含有の高いものは粘りが弱くなり、その含有が低いものは粘りが強く炊き上がりもふっくらとしたご飯になります。したがって、粘りのある美味しいご飯ほどタンパク質の含有量が低くなります。
 また、小麦にはビタミンB1が含まれており、食べることにより脚気を防止することができます。
 このことからすると、米飯中心の食生活をする場合、小麦は貴重な栄養の補給源となることが僧侶たちの間で経験的に知られていたのではないでしょうか。

 讃岐は古代、仏教の先進地で、白鳳時代にすでに17か寺、奈良時代には31か寺を数えていたといわれます。伊予・阿波が各10数か寺、土佐が5か寺、備前・備中・備後が各20か寺前後といわれており、讃岐の仏教文化の高さがうかがえます。これは、讃岐と吉備(岡山)との間にある備讃瀬戸は、畿内に近い瀬戸内海沿岸の中では最も海が狭くなるところで、讃岐の港には、中国大陸と畿内を往来する船が頻繁に立ち寄り、先進の仏教文化を伝えたことと関係があるように思われます。そして、中国で学んだ僧たちは、讃岐に上陸したとき、讃岐の寺院で起居する僧の集団に、品種改良された小麦の種子やそれを原料とする麺の製法を伝えたのではないでしょうか。それが、後に庶民一般に広まっていったのではないでしょうか。「お大師さんが中国から持ち帰った」というのは、「僧が中国から持ち帰った」ということであり、その意味するところは、“さぬきうどん”は讃岐の古代仏教文化によって産み出されたということではないでしょうか。
 ちなみに、中国西域奥地にあるタクマラカン沙漠で「楼蘭の美女」と呼ばれるミイラが発見されていますが、その棺の中には草編みの籠が入っていて、その中には小麦の種子があったそうです。そのミイラは紀元前1800年ぐらい前の人だということですが、最近の科学的研究によると、その小麦と讃岐の小麦のDNAとは一致するといいます。

 13世紀の鎌倉時代になると、土地利用率の向上によって集約的に多くの生産をあげることを目的として、稲作のあとに裏作として麦をつくる水田二毛作が発達します。裏作の麦は租税対象とされずに農家の収入となったため、零細な農家の経営を支えることになったといわれています。
 讃岐は、温暖な気候であることから水田二毛作が発達し、しかも冬場に雨が少ないことが小麦の栽培に適していたため、“さぬきうどん”の原料となる良質の小麦を産したものと考えられます。興味深いことに、中国の西安(かっての長安)と讃岐は同緯度にあります。この小麦の生産に加え、瀬戸内海沿岸で生産される良質の塩やイリコ、醤油など、うどんの材料となる主要な産物が入手しやすかったことも讃岐でうどんが発達した大きな要素だと考えられます。
 しかし、戦後の高度経済成長以降は、裏作として小麦栽培も行われなくなり、“さぬきうどん”の原料となる小麦粉の多くは、オーストラリア産の「Australian Standard White」(略称ASW)が用いられていました。こうしたことから、讃岐産小麦で作られた本場の“さぬきうどん”作りを目指し、2000年代に入り、讃岐うどん用小麦として新品種の「さぬきの夢2000」が開発されています。
●訪れてみたいところ

善通寺
 善通寺については、次の記事をお読みください。
 “少年空海が身を投げた山
 “高野山、東寺と並ぶ弘法大師三大霊場の一つ善通寺
 “大師二十二人のうち五人までが讃岐出身

○犬塚
 善通寺市仙遊町にあります。

○伊吹島
伊吹島については、“織田信長に滅ぼされた武将の子孫が住むイリコの島”をお読みください。

○県内各所のうどん店
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テーマ : 香川
ジャンル : 地域情報

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 シルクロード沿線のさまざまな麺を食べ、民族舞踊などを見ることができるそうです。
 みなさんも、のぞいてみましょう。
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