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(121)“紀伊水道から瀬戸内海へ吉野川の水の流れを変えた用水”

 日本三大暴れ川といえば、「坂東太郎」の利根川、「筑紫次郎」の筑後川、それと「四国三郎」の吉野川です。太平洋から北上してきた台風がぶつかる四国山地は日本有数の多雨地域として知られていますが、吉野川は、その四国山地の西部に位置する高知県土佐郡本川村の瓶ケ森(標高1896.2m)にその源を発しています。その水は、四国中央部を四国山地に沿って東に流れ、高知県大豊町豊永から北に向きを変えて四国山地を横断し、徳島県三好市池田町に至って再び東に向きを変えて徳島平野に入り、紀伊水道に注いでいます。その幹線流路延長は194kmに及ぶ日本有数の大河川です。
 ある河川に降水が流入する全域をその河川の流域といい、流域の互いに接する境を分水界(流域界)といいますが、吉野川の流域面積は3,750km²と、四国の面積18,299.04km²の約20パーセントを占めています。なお、吉野川の流域面積の四国四県での割合は、徳島県63%・高知県28%・愛媛県8%・香川県1%で、香川県も徳島県境に接する東讃の一部地域(三木町、さぬき市、東かがわ市の一部)が吉野川流域に属しており、吉野川は文字通り四国四県にまたがる河川です。

 香川県は瀬戸内海気候の下にあり、降水量が少なく、また、大きな河川もないため、古来から日照りが続くと水不足となって、農業や生活に支障をきたしていました。一方、讃岐山脈の南側を流れる吉野川は「暴れ川」と呼ばれ、氾濫を繰り返し、その流域は長年洪水の被害を受けてきました。そこで、讃岐山脈にトンネルを掘り、吉野川の水を讃岐平野にひくべきだというアイデアが明治期に唱えられました。このアイデアを最初に出したのは、明治時代に活躍した大久保之丞(じんのじょう)だといわれています。之丞は讃岐鉄道の完成に尽力したほか、四国と本州を隔てている瀬戸内海を橋で結ぶという、当時では画期的なアイデアを出した人物としても知られています。「笑わしゃんすな、百年先は財田の山から舟出して、月の世界に行来する」という都都逸(どどいつ)風の歌を之丞はよく歌っていたといいます。

 戦後、之丞のアイデアは吉野川総合開発計画として実現されることになります。この計画は、吉野川上流にダムを築造して貯水池をつくり、これによって洪水調節を行うとともに四国四県に対する新規用水の供給及び電源開発など一連の事業を行うというものです。吉野川の水資源を有効に活用しようというプランは、戦後間もない頃の昭和25年(1950)、当時の建設省、農林省、通産省、四国4県、各電力会社によって吉野川総合開発の原案が作られます。しかし、四県の利害得失が複雑に絡み合い、なかなか実現には至りませんでした。こうした中、開発の機運が急速に高まったのは、昭和35年(1960)の四国地方開発促進法の制定でした。昭和39年(1964)には四県の足並みもそろい、ついに原案作成から16年後の昭和41年(1966)に基本計画が決定されました。
 その事業内容は、高知県の吉野川上流域に「早明浦ダム」を建設し、これと並行して、本・支流に池田ダム(徳島)、新宮ダム(愛媛)などを築造し、洪水調節と発電を行うとともに、新たに生み出される年間8億5,600万 の用水を四県の農業、上水道、工業用水の水源として分水するというものでした。また、香川県では、吉野川総合開発の一環として、吉野川の水を導水する「香川用水」の敷設が計画されました。これは、早明浦ダムの年間水量8億5,600万 のうち2億4,700万 を、徳島県三好市池田町に建設された池田ダムの取水工から讃岐山脈を貫く8kmの導水トンネルを経て三豊市財田町まで導水し、ここから県内陸部を東西に貫通する幹線水路98km(一部トンネル、サイホン)を通じて県内各所で、農業用水・水道用水・工業用水として利用するというものでした。
 早明浦ダムは、昭和42年(1967)に着工され昭和48年に完成しました。多目的ダムとしては西日本一の規模、貯水量は全国第4位です。それとともに、香川用水も、昭和43年(1968)から建設が始められました。讃岐山脈をくり貫くトンネル工事は、山脈が安山岩という格別硬い岩でできているため大変な難工事だったといいます。
 こうして昭和49年(1974)6月1日に初めて通水が行われ、今まで紀伊水道に流れていた吉野川の水が備讃瀬戸の海に注がれるようになりました。106kmに及ぶ香川用水幹線水路の全線に通水が開始したのは、着工から10年後の昭和53年6月11日でした。昭和25年の計画発表から実に24年の歳月と、総工費3,200億円(うち香川県負担分1,154億円)という莫大な経費を費やし、わが国屈指の大用水が誕生しました。
 以後、香川用水は、香川県の山間部及び島嶼部を除くほぼ全域に農業用水、水道用水、工業用水を供給しています。農業用水としては農地30,700ha(水田25,100ha・果樹園5,600ha)に供給しており、水道用水としては香川県人口の約80%に給水し、使用量は県内で使用される水道水の約50%を占めています。さらに工業用水としては、香川の中讃地域である坂出・丸亀地区工業地帯に給水し生産活動を支えています。香川用水は、香川の生命線といっても過言ではないでしょう。
●訪れてみたいところ

香川用水記念公園
 吉野川の水が阿讃トンネルを通り最初に水面を見せる香川用水東西分水工のところにある県立公園です。平成9年5月に開園されました。ここから東部および西部幹線水路に分配されます。この公園では、香川用水をはじめ満濃池や豊稔池など讃岐の人々が水を求めてきた歴史を知ることができます。

香川用水金毘羅トンネル
 香川用水東部幹線は、三豊市山本町の池の谷第2開水路を通ったあと、金比羅宮のある象頭山を東西に貫通する金比羅トンネルに入ります。このトンネルは阿讃トンネルに継ぐ2番目の長さで全長3369mあります。

○琴平金山寺公園
 大久保之丞の銅像があります。

○三豊市戸川ダム公園
 4月上旬に「 之丞まつり」が行われます。

大久保之丞顕彰碑
 大久保之丞の偉業をたたえ、40tにも及ぶ巨石の上に高さ4m、幅2m35cm、厚さ55cmの記念碑が立てられています。
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