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(72)“砂糖と醤油で栄え、我が国で初めてハマチ養殖に成功した町”

 大坂湾から船で西に進み明石海峡を抜けると瀬戸内海の播磨灘(はりまなだ)に至ります。ここは、東西南北を、それぞれ淡路島、小豆島、四国、本州で囲まれた瀬戸内海東部の海域です。ここには現在でも近畿地方から中国地方・四国地方・九州地方方面への重要な航路が横断しています。
 播磨灘に面する市町村は、淡路島側に兵庫県の3市(南あわじ市・洲本市・淡路市)、本州側に兵庫県の7市1町(明石市・播磨町・加古川市・高砂市・姫路市・たつの市・相生市・赤穂市)、小豆島側に香川県の1町(小豆島町)、四国側に香川県の2市(さぬき市・東かがわ市)と徳島県の1市(鳴門市)があります。

 播磨灘に面する東かがわ市引田町は香川県の一番東端にある町です。引田湾に突き出た標高82mの半島が北西の風を防ぎ、天然の良港となっていました。このためこの地は室町期から江戸期を通じて港町として物資の集散地となり、日用品や穀物・紙・綿などを扱う商家が軒を並べ、町は活気にあふれていました。
 この地方は干ばつの被害が大きいため、江戸時代、高松藩主が稲作にかえて砂糖黍の生産を奨励しました。それにより、この地方ではサトウキビの栽培や製糖法が生み出されました。これが今、引田の特産品となっている「三盆糖」です。糖業の隆盛とともに豪農があちこちに出現し、門構え、白壁の練塀を巡らした豪邸が多く建っていったといいます。しかし、明治期に急激に衰退しました。
 また、この地方は古来より、良質の塩の産地でした。引田の塩造りは、藻塩焼、自然浜の時代を経て揚浜式塩田へと発展し、生駒親正が讃岐の領主になってからは、殖産業として塩業を振興し、塩屋から安戸浜さらに松原浜へと広がり、安戸には塩庄屋が置かれるほど発展しました。
 この良質の塩と海運の便を生かし、引田では元禄の頃に醤油の醸造が始まったといわれています。元録11年(1698)に原料の小麦・大豆を備前と高松で大量に買いつけ、引田浦で荷揚げしたことが藩への届出に残っているそうです。その後、引田の醤油屋は米屋、井筒屋の2軒が順調に発展し、池田屋、花屋も創業し、寛政末(1790)から文化・文政期(1804~29)にかけて急速に発展しました。
 町中には大庄屋といわれる日下家、醤油屋の井筒屋(佐野家)と岡田屋(かめびし屋)の岡田家などの、かっての御三家がそのまま残っていて、古い伝統的な商家が軒を連ね、白壁の土蔵、白壁の土塀など江戸時代の景観を残しています。

 また、引田の安戸池(あどいけ)は我が国で初めてハマチの養殖に成功したところとしても知られています。引田の網元の三男として生まれた野網和三郎(1908(明治41年)~1969(昭和44年))は、1927年(昭和2年)から安戸池でかん水(海水)による養殖実験を開始しました。当時は、魚の養殖といえば、ウナギやコイといった淡水魚に限られていて、海の魚を飼うなどというのは人知を超えることと笑われた時代でした。
 和三郎は試行錯誤の末、1928年(昭和3年)ハマチの餌付けに成功し、本格的なハマチ養殖事業を開始します。その後、香川のハマチ養殖は順調に伸び、今では全国屈指の生産量を誇ります。ハマチは、成長するにつれて、モジャコ、ツバス、ハマチ、ブリと名前が変わる出世魚としても知られ、香川県の県魚にも指定されています。

 砂糖については、(41)「和三盆のふるさと讃岐」をお読みください。
 また、引田は江戸時代の科学者である久米通賢の生誕地です。このことについては、(58)「伊能忠敬より進んだ測量技術を持った江戸時代の先端科学者で塩田の父」をお読みください。
 さかのぼって、戦国時代、引田で豊臣秀吉と長曽我部元親の戦がありました。このことについては、(13)「賤ヶ岳の合戦があった同じ日に讃岐であった合戦」をお読みください。
 なお、引田の西隣りの白鳥には、白鳥神社という大社があります。このことについては、(19)「讃岐に残る日本武尊の白鳥伝説」をお読みください。


●訪れてみたいところ

○引田の街並み
 引田には古い街並み残っています。ここで、毎年、雛祭りが行われ、それぞれの家に伝わるお雛さんが飾られます。この雛祭りには、引田のかっての繁栄ぶりをうかがい知ることができます。
引田雛祭り2

引田雛祭り1

引田雛祭り3

引田雛祭り4

引田雛祭り5

引田雛祭り6

引田雛祭り7

引田雛祭り8

引田雛祭り9

引田雛祭り10


○三谷製糖
 文化元年(1804)創業です。

○日下家(くさかけ)
 江戸初期から続く旧大庄屋で、本瓦葺きの長屋門のある大きな屋敷です。

○井筒屋(佐野家)
 廃業されて無住になっていた商家の建物で、漆喰塗り込めの虫籠窓、本瓦葺き平入り、格子、出格子のある入り母屋造りの中二階建ての建物です。また白壁の大きな長い土蔵なども残っています。

○かめびし屋(岡田家)
 宝暦3年(1753)創業で、今も醤油造りを行っています。主屋も土蔵も醤油蔵も門も壁も全部赤壁で、主屋は切り妻造り、中二階建て、赤漆喰塗り込めの虫籠窓、平入り、本瓦葺き、格子、格子戸で、土蔵の腰の部分はなまこ壁になっています。

○引田港
 かつて引田港は関西への帆船交易の要衝の地でした。地元の人は「風の港」と呼んでいます。

○安戸池
 砂礫の長い州が両側に張り出した湾を利用して外海と区切った人工の潟湖(せきこ)(ラグーン)です。周囲約3.5km。水門によって海水が海と通じています。ここはわが国で初めてはハマチ養殖が行われたところです。
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